桶川宿の面影が今も残る中山道沿いをめぐる

江戸時代の中山道桶川宿と現在の桶川市

浄念寺  

元禄14年(1701)に再建されたと「新編武蔵風土記稿」に記されている朱塗りの仁王門や、江戸初期に桶川周辺を治めた 西尾隠岐守吉次(にしおよしつぐ)から寄進されたとされる地蔵菩薩像、薬師如来が納められていたとされる供養塔などが今も現存している。
浄念寺

武村旅館 国指定登録文化財

武村旅館(中山道の旅籠)は、桶川宿の宿場町当時の姿をとどめる貴重な建物で、皇女和宮が中山道を下向した文久元年(1861)当時の間取りが現在も ほぼ引き継がれています。

江戸末期の天保年間(1840年ころ)の桶川宿には36軒の旅籠があったとされている。
武村旅館

木戸跡(下) 市指定文化財

江戸幕府は、街道の治安を維持するために、各宿場の出入り口に木戸を設けていました。当時の桶川宿の下にあった木戸を示す碑がたっている。
この碑は、桶川宿の下にあたる場所にたてられた旧跡碑で、木戸は現存していない。
木戸跡(下)

島村家住宅土蔵 国指定登録文化財

天保7年(1836)の建物と伝えられる島村家住宅土蔵は、市内に現存する古い建物の1つです。
島村家住宅土蔵の建築工事は、天保の飢餓にあえぐ人々に仕事を与え、多くの人々を飢えから救ったため「お助け蔵」とも言われています。

島村家に伝わる貴重な品々を毎月第1土曜日 午後1時〜4時まで一般公開しています。
※時期・季節により異なる。
島村家住宅土蔵

矢部家 蔵造りの商家  

中山道に面し穀物問屋であった矢部家は、かつて江戸時代に紅花商人としても活躍していた。

この蔵造りの建物は、明治時代に建てられたもので当時の紅花商人の富を物語っています。
矢部家 蔵造りの商家

小林家(旧旅籠) 国指定登録文化財

小林家住宅は、江戸時代の終わりから明治初めに立てられた建造物とされ、建物内部はかなりの部分で改装されて いますが、今も旅籠の面影を残している。
小林家(旧旅籠)

桶川宿本陣遺構 県指定文化財

桶川宿本陣は、参勤交代の際、加賀百万石の前田家の宿所とされたほか、水戸藩主徳川斉昭 (徳川15代将軍慶喜の父) も利用したとされています。 また、文久元年(1861)江戸に向かう皇女和宮が宿泊したことでも知られている。

現在外部から姿を望むことができるが、建物の一般公開は行われていない。
桶川宿本陣遺構

稲荷神社 市指定文化財

稲荷神社拝殿前には、江戸一番の力持ちと評判の力士 三ノ宮卯之助がこれを持ち上げたと伝えられる 長さ1.25m、幅0.76m、重さ610Kg、日本一の力石や、 安政4年(1857)、桶川宿周辺で紅花を扱っていた商人たちが、南蔵院へ寄進されたとされる2基の石燈籠が拝殿前に今も残っている。

力石、石燈籠とも、市の文化財に指定されています。
稲荷神社 紅花商人寄進の石燈篭と力石 市指定文化財

大雲寺  

弘治3年(1557)に開山されたと伝えられる大雲寺。
大雲寺の墓地には、本陣職を勤めた府川家をはじめとする宿場開設以来の家々の墓石が並び、桶川宿の歴史を忍ばせている。
大雲寺

木戸跡(上) 市指定文化財

江戸幕府は、街道の治安を維持するために、各宿場の出入り口に木戸を設けていました。当時の桶川宿にあった上の木戸を示す碑がたっている。
この碑は、道路の拡幅にともない桶川宿の上にあたる場所にたてられた旧跡碑は少し南に移されています。木戸は現存していない。
木戸跡(上)

松山以奈り道の道しるべ 市指定文化財

この石の道しるべは、天保7年(1836)2月に桶川宿の北のはずれ(上の木戸近く)から分岐する松山道の入口に建てられたもの。

松山道とは、江戸時代の中ごろ招福除災の神として庶民の厚い信仰を受けたとされる東松山の箭弓(やきゅう)稲荷神社へ通じていた街道。
松山以奈り道の道しるべ

庚申塔  

庚申塔

藤稲荷  

藤稲荷

小高家稲荷  

小高家稲荷

村田家稲荷  

村田家稲荷

レンガの蔵  

レンガの蔵

桶川祇園祭り 御輿  

桶川祇園祭り 御輿

桶川祇園祭り 子ども囃子  

桶川祇園祭り 子ども囃子
■その他祇園祭り写真 桶川市観光協会  http://www.okekan.com/inf/gion_matsuri.html
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資料:埼玉県、および桶川市文献 /協力:桶川市、桶川市観光協会 /写真・製作・運営支援: WDC(彩の国満喫)